twonaの日記

2007-08-09ムナムナダーと王子様・1

ムナムナダーと王子


フェイヨン暁城


ラミ渓谷周辺から凶悪な熊の報告が途絶えてから二か月後、フェイヨン国を統治する王城、その一室にケドゥは高貴なる人物に召喚されていた。


第二王子ナリスナ・フェイヨン。

フェイヨン王家の顔の特徴である、やや彫りの深い整った顔立ちをしている。

体制の変化を執拗に嫌うフェイヨン王室にあって、唯一変化を好む王子と行っていい。

現に移民受け入れ政策や通商政策などにおいて、領内の経済活性化している。

だが、それゆえ、旧来からの重臣からは、その動き自体が警戒されている。

第一王子が、ほぼ確実に王位を継ぐ体制において、いくら功績を上げてもそれが評価に繋がるわけでは無い、だがナリスナは精力的に国政に参加している、それゆえ、その警戒心が強まりはしても弱まる事は無い。

「…では、そのトゥーナと言う司祭が強力な遺物使いなのだな?」

籐で編まれた椅子に腰掛けたナリスナが前でかしこまっているケドゥに尋ねる。

「はい、間違ないかと」

「ふむ…。身辺調査はどうなっている?」

「一通りは済ませております」

「用意がいいな?」

「は。イズチ第一王子様の命で」

「ふむ、兄様も神経を尖らせているようだな?聞こうか」

既にケドゥは、調査報告書としては文書を提出しているが、ナリスナは報告書に書かれて居ない事柄の可能性を考えて、報告者に敢えて聞く事にしている。

「は。対象の名前はトゥーナ・アールツーと言うプリーストと、マナと呼ばれる少女です。トゥーナの出身はモロクで、王都大聖堂にて聖職者の修行を積み、ここへと流れて来たようです」

「ふむ」

「その後、フェイヨンダンジョンを拠点に、対魔とヒーリングを行う聖職者として生活していたようです。ただ、フェイヨン大聖堂の戒律を拡大解釈して行動する事も多く、中にはそれを不快に思う者がいるようです」

「ふむ、暴走司祭と呼ばれているらしいな?」

ナリスナの方からトゥーナの情報が出て来たので面食らう。

「良くご存じで」

「ああ、見て来たからな。ずっとムナック帽子を被ってるから解りやすい奴だな」

さらり、と警護のものが聞いたら驚くような事を言う。

「まさか、御身自ら調査なされたのですか!?」

そして、実際ケドゥも驚いた。

報告用の無表情が崩れ、年相応な表情が現われる。

「なあに、ちょっと町に繰り出しただけだよ。なんて事無いさ」

王子自ら城を抜け出した、と言うわけだ。

豪胆なのか放担なのか判断しにくい、無表情だが動揺を隠そうと必死なケドゥにナリスナが声をかける。

「彼の背景は大体分かった。交友関係はどうだ?」

「はい、所属ギルドローゼンクロイツメンバーは居るようですが、不明です。しかし、それ以上に特筆すべきは周囲の仲間です」

「なるほど…」

ケドゥから提出されたリストは昨晩のうちに既に読んでいた。

そして、中に書かれたトゥーナの友人達の名前を見て驚いたのを思い出す。

アサシンクロスハイプリーストチャンピオンパラディン等のマスターランクの称号の持ち主が周囲におります」

それだけに調査に神経を使ったと、調査をした忍は言っていた。

「なるほど…何かあったらこちらもダメージを食らうわけか」

冒険者とは言え、行き違いから過去にかなりの被害を出した事もある。

やりあった場合、戦力だけでは無い打撃があるのが冒険者の能力の広範さを示している。

「はい。冒険者と言う身分ではありますが、各々が隊を任せられてもおかしくは無い実力の持ち主です」

「ああ、商人ギルドの名前もあるな。幾人か見覚えがあるぞ。確かに厄介だな」

下手に刺激すると通商政策の妨げになるだろう。

「ああ、聞き忘れていた。この調査をしている時に、他国の間牒の気配はあったか?」

想定して居なかった意外な事を聞かれ、一瞬息が詰まる。

これに関しては、第一王子からは特に情報管制を敷かれて居なかった、だが、この情報は第一王子の事を考えると言わない方がいい…。

そう判断し口を開いた瞬間、ナリスナの声が被さる。

「兄様から口止めされていない事柄であれば、私に言え。これは第二王子の命である」

「…了解しました」

「では答えろ。他国の間牒は居たのか、居なかったのか」

「はっ。結論から言えば、プロンテラの紅の闇の間牒と思わしき存在を感知しております」

「捕らえなかったのか?」

「は、第一王子様が必要無いと申されましたので」

「ふむ…ファーストアタックで捕らえられなかったのだな?」

真実を突きつけられてケドゥの背筋に冷たい汗が流れる。

何故この事を?

訝しがるケドゥに更に言葉が被される。

「なるほど、都合の悪い事は忍者軍は隠していたと…。この件では敵を捕らえられなかった。それでいいな?」

「…はっ」

悔しいが認めざるを得ない。

「悔しいか?お前の能力に関しては把握している。だが、行き過ぎた過信は己を滅ぼすぞ。ほどほどにしておくのだ」

「…」

「そして…盟約の姫様と呼ばれる少女マナと言ったかな?」

「はい。姫様については、ある時期からトゥーナ司祭同居人となりました。時期については残念ながら不明です」

「なるほど…。そう言えば盟約について、私はほとんど把握していない。何なのだ?それは」

「申し訳ありません。それについては、第一王子様にしか伝えてはならないと言う事ですので、私の口からはなんとも…」

実は自分も知らない、盟約について知っている忍をナリスナに向かわせて居ない事から、ナリスナがその業績に見合っていない扱いを受けているという証明だろう。

「…そうか。で、兄様はその姫様にご執心なわけだな?」

「は?いいえ、その様なことはございません」

不意にズバリと切り込まれるが、狼狽をかろうじて無表情の下にしまいこむ。

その様子にナリスナは、一瞬氷のような視線を投げ掛ける。

「ケドゥよ」

「はっ」

「私はな、国の力に任せて誰かを押さえ込む事は恥ずべき事だと思っている」

「…は」

「お前が言うな、と言う顔だな」

いたずらを見つかった少年のような表情で苦笑する。

「いいえ、そんな事は…」

「まあいい。もし、この国の誰かがそのような事をしそうだったら…お前の良心が痛むのであれば伝えてくれ。力になろう」

「は…御意のままに」

意外な事だが、ケドゥは心に野を馳せる風が吹いたような心地を覚える。

「ご苦労だった。ここでの事は全て兄様に伝えても構わん」

「は…」

「だが、最後の事は伝えないでもらえると嬉しいな」

ふっと照れたような微笑を見せる。

「…」

「では、下がっていいぞ。ご苦労だった。またお願いするかと思うがよろしく頼む」

「は、それでは失礼致します」

一礼してナリスナの前から辞するケドゥ。


「ふむ…」

ケドゥが去った後、ナリスナは各地からの報告書を読み始める。

「いかがでしたかな?」

突然、耳元で少ししゃがれた声が響く。

だが、ナリスナの側には誰も居ない。

「ああ、予想以上だよ。彼も件の司祭も」

驚く事無く、その声に答える。

「だが、兄様の動きが気になるな。マナ姫に興味を持たれて居るとしたら…厄介だな」

「気に入ったものを手に入れないと気が済まない方ですからのう。それに女となれば、イズチ様は必死ですからの」

言葉の中に懸念と少しの面白がるような響きが混じる。

それに、不快の感情を向ける。

「ほっほっほ。面白がるな。と言いたげですな」

「当たり前だ」

「ワシは楽隠居の身ですからな。若いのが暗中模索するのを見るのが楽しみなのですじゃ」

「まったく、年をとると性格が悪くなるのがこの国の伝統なのかね」

苦笑とボヤきの混合物を同時に吐き出す。

「なあ、私が掌握している三軍のうち、城内で即座に展開できるのは何人だ?」

「はて…五十人前後限界でしょうな。それ以上は、叛乱の意志有りと思われかねません」

「少ないな…」

「遺物遣いを入れたとしても三人が限度でしょうな。その人数までなら、いくらでも理由がつけられますじゃ」

「だが、その展開だと、城内で何かあった場合には一か所だけだな?対応出来るのは」

「規模によりますがな。逆に散らせて広範囲の監視なら出来るでしょうな」

「ふむ…。参考になった、礼を言う」

一旦言葉を切る。

「私の配下にも欲しいな、ケドゥ並の遺物遣いが」

ナリスナは軍事、諜報の人材にはやや疎い、その原因として二者の精鋭は兄のイヅチ王子にとられている事があげられる。

それでも、自分が組織した軍団はかなり実力を持つまでに鍛えられている。

「ケドゥならワシが引き入れますかな?」

「それは有り難いが…。しかし、よくお前が私についているよな。え?先代の忍者マスター、ハンゾウよ」

「ほっほっほ。まだまだ現役のつもりだったのですがのぉ。イズ王子様に代替わりをさせられてしまったので、こうして隠居後の暇つぶしに付き合ってもらっているワケですぢゃよ」

暇つぶし、か」

飄々とした口調にかすかに引っ掛かるものを感じる、多分現役でいける自分を役職から外した事に対しての悔しさの感情だろう。

だからこそ、この男は自分の元に来たのだと理解している。

「しかし、お前でもナツメを動かすのは簡単であるまい」

現在忍者マスターであるくのいちの名前を出す。

何故、弱冠二十歳のくのいち忍者を束ねる役職についたか、ナリスナはおおよその察しはついているが、それが問題では無く、能力不足のナツメが忍者軍にどんなマイナスになるか、である。

「熟達した忍が役職を追われ、ナリスナ様の配下になる有様ですからの」

「別に、組織の若返りを図るというなら問題あるまい。若い世代が勤勉になり、組織の厚みが増えればいいしな。問題はあまりにも依怙贔屓の要素が強い事だな」

「よくお解りで」

「お前の解説をそのまま言っただけだよ。からかうな」

苦笑を見せる。

「しかし、紅の闇を逃したか。迂闊だったな」

何をしていたか不明だが、目的をかなり達したうえでの脱出だろう。

「返す言葉もありませんですぢゃ」

原因は分かっているのか?」

「その情報は、第一王子様しか知り得ません…と言いたい所ですがな」

「知っていると。機密条項だろうが」

「ほっほっほ。そこは蛇の道は蛇と言いましょうか」

「わかったわかった。で、何が起ったわけなんだ?」

「はい、各所の連絡不足が原因でして。い組からに組までは、伝達手段の〝黒天狗″は機能しておったのですが、その先の実行部隊の方針決めでぶれが生じ、足並みが乱れた所の包囲を突破されたとの事です」

「ふむ…深刻だな…。忍者軍に関しては、取りあえず置こう。他に懸案事項はあるか?」

「王都大聖堂のハーツ司祭様が我が国に入国申請を出してから一週間になりましたが、いかが致しますか?」

「ああ、あの件か…。行政次官のミツハルを呼んでくれ、あいつを含めた方がいいだろう」

時期的に不自然さを感じ、その勘に従って放置していた事項だ。

「ワシはいかが致しますかな?」

「隠し身分のチリメン問屋のご隠居という事にしておいてくれ、手広い情報網で通商関係の助言をしているという事でな」

「御意のままに」

ふっとハンゾウの気配が消えた事を確認する。

「〝盟約″ね…。遥か昔からの約束は守るべきものなのか、反故にすべきものなのか…。どちらにしろ、大きな嵐が来るかもな」

そう、一人ごちてナリスナは自分の公務に戻ったのだった。