Hatena::Groupragnarok

Seak's Notes RSSフィード

2006-09-25 (Mon)

[]回顧録 08:13

書いたことがなかった気がするので、ちょっと書いてみることにします。

僕が初めてROを始めたのは、αテストの頃でした。サーバは当時、新設されたばかりだったIrisです。

魔法が好きだった僕は、迷わずマジシャンを選択しました。それにもかかわらず、いまだにウィザードをやったことがなかったのですが。INT21、VIT16とかいうわけの分からないステータスのまま、今でもこのマジシャンは、Irisに転がっていると思います。

Irisでは仲間がまったく見つからず、僕はそのまま、ROから離れていきました。次のきっかけは、β1テストの頃でした。

Lokiで、かめごうさんに誘われたのです。そのままLokiにいたら、もしかしたら僕は、Cafeteriaの一員としてその名を轟かせていたのかもしれません。

このときの職は、VIT片手剣騎士でした。当時はSPの回復力が異常に低く、自分一人ではまったく戦えない職でした。最近になってログインしてやってみましたが、レベル70なのに、時給が50k/hほどしか出なくて驚きました。支援プリで+5スタナーを振り回すよりも低い効率です。

11月くらいまでLokiにいたのですが、違う知人に誘われ、Chaosにも顔を出すようになりました。このときの職はアコライトです。しかし、レベル45くらいまでしか上げませんでした。すぐにSaraへ引っ越すことになったからです。

このときのギルドマスターのカリスマ性は、今思い返しても驚くべきものがあるような気がします。その人一人がSaraへ移ることで、結果的に10人近い人数がSaraへ移ることを決めたのです。

そのうちの一人が、連絡用にギルドを作成しました。それが、現在僕がマスターをやっているギルド、Prismatic Shootの前身となったmad tea partyです。当時はギルド会が「狂的茶会」という名前でした。僕もしばらく継承していましたが、気付いた頃には忘れていましたね…。復活させましょうか。

Sara鯖のオープンが2002年の12月で、mad tea partyの結成が2003年の1月頃だったと思います。その後、2003年の4月頃に、僕はメインキャラとなるプリーストを作成しました。その当時はまだアコライトでしたが。

そして、FF11と掛け持ちしていたmad tea partyのマスターが、2003年の5月に引退を表明しました。ちなみにその後、この前マスターは現在に至るまで、キャラが消える頃になると突如として姿を現したりしています。

そこで、後継ギルドを作成することになったのです。その後継ギルドがPrismatic Shootでした。僕たちをSaraに誘った人もいたのですが、結局、ギルドマスターは僕が務めることになりました。ちなみにこのギルド名は、実はそのときのPT名です。出典は、前マスターのウェブサイトに掲載されている小説、「魔道書物語『グリモワール』」です。そしてPrismatic Shootとは、その小説に登場する魔法の名前です。

この時点でギルドに在籍していた人たちが、おおむね現在のPrismatic Shootにおいて古参と呼ばれている人たちです。とは言え、もうほとんど残っていないのですが。厳密なことを言えば、この時点でほのよんさんはいなかったので、本当に当時のことを知る人は、僕以外では一人しかいません。その人も、当時は他のギルドをメインとして活動していたので、あまり知らないと言えるでしょう。

考えてみれば、このあとは書くべきほどのことは起こっていないでしょうか。Prismatic Shootは、その後メンバーの増減はあったものの、現在に至るまで存続しています。このギルドがなかったら、僕は間違いなくプリーストを消していたことでしょう。

その後、2003年の7月頃にGvGが実装されました。そしてここでも、Saraに誘ってくれた人の手引きで、僕はGvGに参戦することになりました。2003年の11月頃だったでしょうか。

GvGは当時から廃人たちの集まりであり、それまで縁のなかった僕には敷居の高いものでした。しかし、たまたまSESSIONS IIは広くメンバーを募集しており、あまりステータスを問われることはありませんでした。これが、同盟を組んでいた=HAGANE=さんであったら、おそらく入ることはできなかったでしょう。仲間意識が非常に強く、結束が堅かった印象があります。今でもきっと、当時所属していた人たちの間では交流があるのではないでしょうか。外から見ているだけでその結束の硬さがうかがい知れるほどのギルドだったのです。

当時、BSセージがいたのですが、セージはFCAS型ということでまったくGvに適しているとは思えなかったのと、レベルが低かったこともあって、BSで参戦することになりました。

そのときはそれほどパッとしなかったのですが、Romancing Stoneさんの同盟参加で一気に花開きました。今のRomancing Stoneさんの後継ギルドであるMagical Lamplightさんもそうですが、当時からRomancing Stoneさんは精鋭揃いであり、キャラクターレベルだけでなく、操作技術や戦術的にも高い意識を持ったメンバーがそろっていました。

この3ギルドによって構成されたのが、セクハラーズ同盟でした。セクハラーズ同盟は善戦していたと思いますが、それでも、旧アルデ同盟と呼ばれた古参を突き崩すことは困難でした。

ここで転機が訪れます。第二次マイグレーションです。第一次マイグレーションは、確かSaraは対象になっていなかったはずです。

ここで、僕も含めて多くの人がLisaへ移住することとなりました。旧アルデ同盟の人たちも軒並みLisaへ移住し、そのことによって、セクハラーズ同盟は、Saraに残った唯一の大型同盟となったのです。

セクハラーズ同盟はBの3などを達成し、かなりの強さを誇っていましたが、ギルドマスターのリアル事情の問題があり、解散することになりました。

今にして思うと、信じられないほどに意識の高い同盟だったと思います。僕が基準になるかどうかは分かりませんが、僕は結構、今も昔もGvGについてはある程度考えていたりします。そして今では指揮官をやらせてもらえたり、それでなくてもある程度議論の余地があるのですが、当時のセクハラーズ同盟では、僕程度ではまったく口を出す余地がありませんでした。なんせ、毎週のGvG前には作戦指示書が作成され、図面入りの配置図やタイムテーブルによって、綿密な計画が立てられていましたのです。毎週、その作戦指示書を印刷して、手元に置きながらGvGに参戦するのが習慣となっていました。

その後、僕は天下布武に移籍しました。当時はほとんど何も考えていませんでしたが、どうやら内部分裂だったようです。

初めは海老天同盟として参戦していましたが、戦績はパッとしませんでした。結局、そのことに不満を抱き、当時のうしゃめる同盟に合流する形で梅天同盟を結成することになりました。そこからUshasさんが抜け、Romancing Stoneさんが加わって結成されたのが、箱天R同盟です。

箱天R同盟は、ここをご覧になっている方ならご存知の方が多いでしょう。Bの常連として長期防衛を成し遂げることに成功した同盟です。しかし、それも2ヶ月あまりで天下布武が抜けたことによって、次第に戦力が低下していくことになりました。

そもそものきっかけは、その3同盟のマスター全員の引退です。リーダーが3人ともいなくなったのだから、考えてみれば維持しがたいのは当たり前ですね。

そう言えば、セクハラーズ同盟にせよ梅天R同盟にせよ、3人のリーダーの性質は似通っていた気がします。すなわち、直情型のマスター、調整型のマスター、天才型のマスターです。直情型のマスターは、同盟全体の行き先を大まかに示していました。論理的な根拠こそないものの、その主張は明確でした。そして、調整型のマスターがその方向に合わせて同盟全体を調整しました。しかしGvGは戦いであり、戦いは強い者が勝ちます。強い力を発揮するには、天才型のマスターが何よりも力を発揮したことでしょう。

このとき、僕は天下布武からきゃらめるぼっくすへ移籍することになりました。何が見込まれたのか分かりませんが、なんと、ヘッドハンティングです。まあ、そう言うと大げさではありますが…。

まあ、もともとこのとき、僕には天下布武の後継ギルドであるまったり温泉さんへ移籍する選択肢はありませんでした。なぜなら僕はGvGに参戦するためだけにSaraに来ており、それ以外の時間はすべてLisaにいたからです。今ではレーサーとして活動しているまったり温泉さんですが、当時はGvGから撤退予定だったのです。そこに、渡りに船とも言うべき、きゃらめるぼっくすのお誘いがあったわけです。

このきゃらめるぼっくすは、僕にとって実に変わったギルドでした。SESSIONS IIにせよ天下布武にせよ、基本的にはあまり人を選ばないごった煮のギルドでしたから、メンバーを精選して明確なカラーを打ち出したギルドというのは初めてだったのです。

だから、メンバーの意向が比較的固まりやすく、とにかく姿勢が恐ろしく強いのです。きゃらめるぼっくすはいいギルドですが、いまだにこの点だけはなじむことができません。

それでまあ、その後は、Romancing Stoneさんの後継ギルドであったRomancing Stormさんとの同盟を解消し、灼熱の百合さんとの同盟を経て、現在のフェンリルさん、侍 -風華-さんとの同盟であるSFC同盟に至ります。

その間、Lisaでは個人的な問題はいろいろあったものの、ギルドとしてはずっと変わらず、Prismatic Shootは現在でも存続しています。ただし、古参メンバー、特に月影さんが抜けたことにより、その雰囲気は大きく変わっています。Prismatic Shootの雰囲気は、僕と月影さんが、下水で「お前らいつ狩ってるんだよ」と突っ込みたくなるほどの勢いで、ひたすらしゃべってばかりいたことによって醸成されていたような気がしてなりません。そう考えると、何もしないで下水でボーッとするようにするといいのかもしれません。

ちなみに、今ではそうでもありませんが、当時は本当に全然狩っていませんでした。でなければ、ハンターという恵まれた相方を持ちながら、いまだにオーラになっていないわけはないと言えると思います。

tundratundra2006/09/25 23:36なつかしいですなー。
私はどのタイプのマスタなんでしょうなー。。
少なくとも直情型ではないとは思いますけども。

正直メンバーは結構選んでました。
この流れはきっと、きゃらめるの原型となるスナックの時代からそうだったんじゃないかな、とは思いますけどね。

secseeksecseek2006/09/25 23:42え、どこからどう見ても調整型以外の何者でもないと思うのですが…。
ところで、やっぱり昔からメンバーについては厳格だったのですね。
それより、きゃらめるぼっくすの原型がスナックだってこと、今、初めて知りました

ちぃちぃ2006/09/25 23:47直情は舞ちんだと思うんだ・・・!(ぁ

secseeksecseek2006/09/25 23:51あー、僕はそばさんのつもりで書いていましたが、舞さんもそうなのでしょうか。
どちらかと言えば、調整型という印象でしたが…